まずは、この歌を聞いてください。これからの主人公、渡辺将太さんが約1分間の歌に詰まっています。
~理学療法士から生命保険営業へ。人生に寄り添うと決めた理由~
「弱みって、隠すものだと思っていました。」
そう静かに語るのは、現在、生命保険営業として一人ひとりの人生設計に寄り添っている渡辺将太さん。
しかし、その穏やかな笑顔の裏には、「助けて」と言えず、一人で苦しみ続けた過去があった。
救急車で運ばれるほど心身が限界を迎えた経験。
部下の前で初めて弱さを見せた日。
そして、その経験があったからこそ、「人は弱みをさらけ出していい」という人生観にたどり着いた。
保険を売る人ではなく、人生を預けられる人になりたい。
その想いの原点を伺った。
「保険を売る仕事」ではなく、「人生を支える仕事」だった
現在、彼は個人・法人のお客様に向けてライフプランニングを行い、一人ひとりに合わせたオーダーメイドの生命保険を提案している。
ただ、本人はこう話す。
「保険は目的ではありません。あくまで、その人らしい人生を実現するための手段なんです。」
理学療法士として13年間、病気や介護の現場で多くの患者さんと向き合ってきた経験が、その考え方の土台になっている。
病気やケガを治すことももちろん大切。
しかし、本当に支えたいのは、その人が「どう生きたいか」という人生そのものだった。
だから今も、保険の話をする前に、その人の人生の話を聞くことを何より大切にしている。
「理学療法士を辞めたい」のではなく、その枠を超えたかった
生命保険営業への転職は、最初から考えていたわけではない。
きっかけは、担当の生命保険営業だった友人でもある原さんからの一言だった。
「一緒にやろうよ。」
最初は、本当に遊びに行くような気持ちで某生命保険会社の説明会へ参加したという。
しかし実は、その頃にはすでに理学療法士としての将来を考え始めていた。
医療保険、自費リハビリ、再生医療、介護。
さまざまな経験を積み、「理学療法士としてやれることは、ある程度やり切った」という実感があった。
だからといって医療が嫌になったわけではない。
もっと広い視点で、人の人生に関われる仕事がしたかった。
そんな想いを原さんへ打ち明けた時、自分の中でずっと大切にしてきた言葉を改めて口にした。
「半径1メートル以内の人を幸せにする。」
それが自分の人生の使命だった。
理学療法士でも、その使命は果たせる。
しかし、どうしても関われるのは病気になった後であり、期間も限られる。
もっと長く、その人の人生そのものに伴走できる仕事はないだろうか。
その答えが、生命保険営業という仕事だった。
「もしも」の先にいる家族まで支えられる
説明会で話を聞く中で、一つの考えが心に深く刺さった。
「もし担当している方に万が一のことがあっても、その先には残された家族がいる。」
生命保険は、お金を届けるためだけのものではない。
残された家族が前を向いて生きていくための支えになる。
お客様からお聴きした想いを、残された家族に責任を持って伝えていく。
「人生をかけてやる価値のある仕事だ。」
そう確信したという。
そして、営業所長である細川さんとの出会いも大きかった。
部下への愛情があり、周りからの信頼も厚く、空母のような存在。
そんな細川さんから言われた言葉。
「日本一の営業所を作るために一緒の船に乗って欲しい」
その出会いが、彼の人生を大きく変えることになる。
「安心して本音を話せる場所」でありたい
現在、お客様と向き合う中で最も大切にしていることは、「安心して何でも話せる存在になること」だという。
保険の相談だけではない。
家族のこと。
仕事のこと。
将来への不安。
誰にも言えない悩み。
どんな話でも否定せず、まず受け止める。
「なぜ、そう思うんですか?」
「どんな人生にしたいんですか?」
答えを急ぐことはしない。
その人の想いを一緒に整理し、その人自身も気づいていない本音を見つけていく。
目指しているのは、「保険屋さん」ではない。
一人の人として信頼される、唯一無二の存在である。
「助けて」が言えなかった過去
そんな彼にも、人に頼れなかった時代がある。
高校時代は新潟県代表としてインターハイに出場する強豪校のバスケットボール部の部長。
社会人になってからは管理職。
立場的に引っ張る立場であり弱みは言えない環境であった。
だから弱音を吐く方法が分からなかった。
前職では上司と部下の板挟みになり、誰を信じればいいのか分からなくなる。
眠れない日々が続いた。
通勤電車では突然、動悸が止まらなくなり息ができなくなる。
救急車で搬送されたこともある。
それでも、「助けて」の一言が言えなかった。
「なんで早く言ってくれなかったんですか」
限界を迎えたある日。
彼は勇気を振り絞って部下へ伝えた。
「もう限界だから助けてくれ。」
すると返ってきた言葉は、今でも忘れられない。
「なんで早く言ってくれなかったんですか。」
責められたわけではない。
心配してくれていたのだ。
その瞬間、肩の力が一気に抜けた。
「かっこつけなくていいんだ。」
「弱みを見せてもいいんだ」
それ以来、自分の弱さも隠さないようにしている。
しかし、まだどこかで弱みをさらけ出せず、いい格好しいの自分がまだいる。
無意識に頼ることを我慢し、一人で乗り越えようとする自分もまだいる。
しかし、以前よりも自分が弱みを見せることで、お客様も安心して本音を話してくれるようになった。
強く見せることより、人間らしくいること。
それこそが信頼につながると実感している。
人生を支えてくれた「ニュートラル」という言葉
苦しかった時期、仲の良かった看護師の同期から一本のメールが届いた。
「心は常にニュートラルでね。」
その言葉は、今でも人生の軸になっている。
前に進み続けなくてもいい。
時には立ち止まってもいい。
少し後ろへ戻ってもいい。
ニュートラルでいれば、どちらへも進める。
そして、自分を俯瞰して見つめ直すことができる。
「今の方向で本当に良かったのかな。」
そう問い直せる時間があるから、人は折れずに前へ進めるのだと思う。
人を幸せにするために、まず自分を大切にする
人生で後悔しないために大切なことを尋ねると、迷わずこう答えた。
「自分を大事にすることです。」
誰かのために尽くすことは素晴らしい。
しかし、自分が満たされていなければ、本当の意味で相手を幸せにはできない。
相手が喜んでくれるようにギブし続けることも、最終的には自分自身を大切にすることにつながっている。
だからこそ、自分の心にも耳を傾ける。
その姿勢が、結果として周りの人を笑顔にしていく。
「俺がいるから大丈夫」と言える存在でありたい
これから出会う人たちに、どんな未来を届けたいのか。という問いに
彼は少し考えたあと、穏やかに答えた。
「その人らしく、魂が震えるような人生ですね。」
人生には、人間関係のすれ違いもある。
家族だからこそ、本音を言えないこともある。
そんな時、お互いが「本当はそう思っていたんだね」と気づき合えるきっかけをつくる。
家族の潤滑油のような存在になりたいという。
そして最後に、こんな言葉を添えてくれた。
「俺がいるから、何があっても大丈夫。」
その安心感が、一人だけではなく家族全体の笑顔につながっていく。
それこそが、彼が生命保険営業として実現したい未来なのだ。
「弱みを出してもいい」
記事の最後に、「読者へ一つだけ届けたいこと」を尋ねた。
返ってきた答えは、とてもシンプルだった。
「弱みを出してもいいんです。」
弱みは、恥ずかしいものではない。
人間らしさであり、誰かとつながる入り口でもある。
完璧な人よりも、不器用でも素直な人に、人は心を開く。
「強がるんじゃなくて、弱いところも全部さらけ出して、人間味ある人間になりたい。」
その言葉には、自分自身が苦しみ、弱さを受け入れ、そして救われてきた人生そのものが詰まっていた。
編集後記
今回のインタビューで最も印象に残ったのは、「保険」という仕事についてではなく、「人との向き合い方」について語る時間の長さでした。
商品や制度の話よりも、「相手の人生をどう受け止めるか」「弱みを見せられる関係性をどう築くか」を何度も口にされていた姿が、とても印象的でした。
「弱みを出してもいい。」
この言葉は、決してきれいごとではありません。自ら心身の限界を経験し、「助けて」と言えなかった過去があるからこそ、重みがあります。
強くあろうと頑張り続ける人ほど、この言葉に救われるのではないでしょうか。
この記事を読んだ方が、「少しだけ誰かに頼ってみようかな」と思えたなら。そして、大切な人にも同じ安心を届けられたなら、それこそが彼が目指す「半径1メートル以内の人を幸せにする」という想いが、また一人へと広がった瞬間なのだと思います。
歌・それが僕の生き方


